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朧月

案の定というか、思っていた結果になりました。
つまり、任務完了だね。憎まれ役、お疲れ様。
最初のうちは、いつもよりちょっとはしゃいだ感じで、楽しかったよ、なんて報告をしていたんだけれどね。一通り話し終わってから、「そういえば……」なんて思い出した風を装って、「民夫ちゃんの彼女って人が途中で来たんだ。」って。
あら、そう、なんて私もちょっと白々しかったかな。しばらくは大丈夫かと思っていたんだけれどね。お風呂からあがって、テレビ見てると思ったら、涙こぼしてた。
まったく、娘の成長の早さには驚かされるばかりだわ。いっちょまえに本気で恋愛をしていたんだねえ。相手があんただってことにも驚いたけどさ。
まだ、そこらへんにいるんでしょ? 電話で、おやすみ、くらい言ってやってよ。そのくらい、許す(笑)
ところであんた、その彼女とやらは、本物なの? そろそろ父さんを安心させてあげなよ。
じゃあ、またメールするね。

*

その予想通り、まだぼくは、姉のマンションからそう遠くないコンビニの駐車場に車を止めていた。薄暗い夜の闇の中、携帯の明かりがぼくの顔を照らす。車のドアを開け、外に出て夜風にあたる。しばらくやめていたタバコに火をつけて、煙を長く吐き出した。
あれほどまでにまぶしく強い、プラスの感情を、当事者の意思とは別のところで断ち切ることが、どれほど辛いか。姉はどこまでわかっているのだろう。
無理やり笑おうと、口をゆがめて、声を出してみたら、想像以上に湿っていた。無理もないな。ぼくは、失恋したのだ。
「民夫くん、大丈夫?」と、車の中から声がする。
任務を手伝ってくれた友人の奥様がぼくを心配そうに見ていた。ぼくは、鼻を一回すすってから、天を見上げ、ゆがむ星空を認めながら「タバコ、もう一本分だけ待ってください。」と言った。

キャッチボール

私と父さんは、偶然にも誕生日がいっしょだ。だから、星座占いの結果は同じはずなのに、どうしてこんなにも違っちゃったんだろう?
野球少年だった良和少年が、マネージャだった真由美さんと結婚したのが、今から21年前。郊外の小さな公営住宅で、慎ましく暮らし始めた夫婦は、翌年息子を授かった。父さんは、その息子が強くたくましく育つことを願い、強志と名付け、いっしょにキャッチボールをすることを夢見たのだそうだ。
確かに私には、小学校低学年まで、父さんとキャッチボールをした記憶がある。でも、それは長くは続かなかった。
私はね。外で遊ぶより、家でお人形遊びがしたい。そんな女の子になりたい男の子だったんです。
そりゃあ、私だって小さな頭で一所懸命考えて悩んだよ。どうして私は、オカマって言われていじめられるの? 可愛いスカートはきたいよ。髪も綺麗に伸ばしたいな。そんな日々大きくなる悩みを、さんざ迷った挙句母さんに打ち明けた。母さんは、大きなため息をついて、父さんになんて言えばいいのよ、と言った。娘ができて、大喜び……なんてマンガのようにはいかないものね。
それから少しずつ、男の領域を狭めるように陣取り合戦をした結果、すっかり女の子の装いをするようになれたのは、13歳の頃。父さんは、当時まだ40代になったばかりなのに、すっかり白髪だらけ。私との会話もほとんど無くなってしまった。
私のせいなのは、わかってる。わかってるけど、自分にも両親にもウソをつくのは嫌だった。自慢じゃないけど、私はまっすぐに育ててもらった。こんな私だというのに、いや、だからこそなのか、人として恥ずかしくない振る舞いができるようにと、人一倍気をつかって育ててもらった。
感謝してもしきれない。だから私も頑張った。
世間様が何のその。いじめるやつらを見返してやるぞと、オシャレに勉強に頑張ったよ。
「強くたくましく」は、別に男の子だけの特権じゃない。いや、私は綺麗で可愛い女の子になりたいと願う男の子だったけど、「強くたくましく」なることと矛盾しないよね?
その、私こと、強志少年は、本日ハタチの誕生日を迎えます。化粧もうまくなった。ミニスカートだってはきこなすぞ。履歴書に女って書いて、偽名使って、どきどきしながら面接をした書店のバイト。貯めたお金で、ちょっと大人っぽいスーツも買ったよ。
三人家族のうち、二人の誕生日が一致する今日は、恒例のささやかなパーティ。父さんからのプレゼントは毎年何も無かった。たぶん、それが父親としての最後の意地だったのだろう。
ハタチの記念にビールで乾杯。私は父さんに、Yシャツを贈る。毎年代わり映えしないけれど、と言いながら。悪いなとぶっきらぼうに答えて、父さんの目は細くなる。ただでさえ細い目がいっそう細くなる。喜んでくれたことが、それでわかる。ふと、父さんは決意したように立ち上がり、隠してあったらしい紙袋を無造作に私に寄越した。
え?
私は驚いて父さんの顔を見る。母さんも知らなかったみたいで、丸い目の驚き顔だ。照れくさいらしい父さんは、ぐっとビールを煽ってる。私はあけていい? と聞きながら紙袋から中身を取り出した。出てきたのは、シンプルだけど、ちょっとシックなワンピースだった。
ウソ。本当に?
私は声に出して、そう言っていた。今まで無言で許してくれていた父さんが、ついに背中を押してくれた。私はそう思った。そして、私はワンピースを広げてみようとして、その重さに首をかしげる。よく見れば、もう一つ包みが入っていた。ハテナマークで頭上をいっぱいにして、私はそれも広げてみた。
グローブ。もう一つの包みの中身は、野球のグローブだった。父さんは、言った。
「お前ももうハタチだ。どうせなら、いい女になれ。強く、たくましく、いい女になれ。ただ、父さんのコドモだってことは……、忘れるな。」
私は、ありがとうお父さん! と叫んで、両方の包みを抱えて、部屋に走る。ワンピースのサイズはぴったりだった。そして、グローブのサイズも。
今日ハタチを迎える、ワンピースの似合う、少年だった私は、涙をぽろぽろこぼしながら食卓に戻り、左手にはめたグローブをぱんぱんと叩いた。父さんは笑いながら「両方、似合うな。」と言った。
ありがとうお父さん。そして、にこにこ涙ぐんでいるお母さん。
これからも、強くたくましく、生きてやるぜ!