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カエルマーチで行こう! 【6】

こてこてに日焼け止めを塗った肌さえも、じりじりと焦がすような日差し。
帽子を深くかぶり、サングラスで防御。駅前で不動産屋が配っていたうちわをぶんぶん振っているという、色気のかけらも無い姿だけれど、それもやむ無いことだろう。
新興住宅地のはずれにある、公園の駐車場で開催されたフリーマーケット。準備にそれなりに時間をかけて、値札つけもがんばったというのに、この暑さじゃあ、当然、客もろくにこない。
サチエのやつは30分前にダウンして、カエルマーチの中でしばらく寝ていたけれど、ついさっきTシャツの襟元を汗でびっしょり濡らしつつ、出てきた。
「中、蒸し風呂。」
そりゃあそうでしょう。まだお昼をちょっと回ったくらいの時間だけれど、すでに店じまいをするブースも現れてきた。賢明かもなあ。
「ね、マーチのボンネットで、目玉焼き作れると思う?」
「あ、やめて。間違いなくできると思うけど、目玉焼きって想像がもうすでに暑い。」
まだ、6月である。今年の夏はどうなっちゃうんでしょう。

今までフリーマーケットは、客としてしか参加したことが無かったのだけれど、今回出店することにしたのは、わけがある。
今のアパートを引き払って、引越しをすることにしたのだ。
といっても、仕事は変わらないし、行政区域で言えば隣の市。引越し業者を頼むのもばかばかしいほどに近いので、会社の同僚のつてでなんとかならないかと模索している最中だ。
大きな家具は洗濯機と冷蔵庫くらいだし、こまごましたものは、箱詰めして何度も往復すればいいや、でも、せっかくのチャンスだから片付けよう、という安易な発想の流れでの出店である。だから、売ることにそんなに積極的でもないのだ。売れたらうれしいけれど、お店やさんごっこも楽しいだろうし、もしかしたらカッコいいお客さんとの出会いもあるかも、きゃ(はぁと)
ってな、妄想の後半はことごとく粉砕されたけれど、まあ、初回はこんなものでしょう。
撤収撤収。ちょっと白目気味になってるサチエの目の前でパンと手をたたき、それ、冷やし中華でも食べに行こう、と言った。

今度のアパートは、前よりも広くなる。キッチンも機能的で、築年数も若い。ほんの気まぐれにめくってみた住宅情報誌で、目が合ってしまったのだ。
なんだかんだ言いながらも、次々と動いてるよね、サギリって。とは、サチエの弁だ。そうなのかな。自分ではのんびりし過ぎているような気になっているのだけれど。

ホームセンターで買ってきたダンボール箱に荷物を詰め込んでいるときに、自分が思っていた以上に洋服を持っていることに気づいた。そんなに流行を気にするほうではないのだけれど、やっぱり「これは恥ずかしいなあ……」というものもあるわけで。こういうのは思い切って処分してしまおう。
それと、もうひとつ、発見。サイズ、そんなに変わってない。へへへ。
サチエに言わせれば、サギリはちびだけど、バランスは悪くないし、丸っこいけど、太ってもない。目立たないけれど、確実にそれに惹かれるオトコがいるタイプ。なのだそうだ。それって、マニアックって意味か? と前歯で下唇を噛みながら抗議してみたが、そういう意味じゃなくてよー、とさらりかわされた。
そういえばサチエは進展の無い恋愛をまだ続けている。どんなやつなのか、写真を見せろと言ったら、そんな証拠は残せないのよ、だそうだ。「しいて言うなら、唐沢寿明と江口洋介を足して2で割らない感じ」
余計見たくなるようなことを言う。

引越しの運搬でちょっと困りそうなのが、いつの間にか集まっていたミニカーだ。可愛い車のおもちゃを見かけると、ついつい買い求めてしまい、結構な数になってしまった。マーチなど大小あわせて10台以上あるかもしれない。飾ると埃がつくし、掃除の邪魔になりそうなので、クロゼットの一番下の引き出しに溜め込んでいたのだ。
タオルとかに包んで運ぶのがいいのかな? とサチエに相談したら、サチエは目を丸くした。「サギリ……、今までそんなミニカー集めてるなんて言わなかったじゃない。」 いや、別に集めているってほどじゃないし、などと、怒られそうになって、しどろもどろに言い訳する子供のように、あわあわしていたら、サチエは強く言った。
「そんなチャンスを眠らせておくなんて、もったいない。ミニカー好きな男は多いのよ。そしてそういうコミュニティには女が絶対的に少ないから、モテるでしょうに。あああ、もったいない。」
まるで私の背後にもったいないお化けがいるかのように、熱く語ったのにはびっくりしたけれど、そんなものなのかね、と私はのんびり思う。
確かに、付き合うんだったら、共通の趣味があったら楽しいだろうな、と思う。ミニカーか。気づかなかった。そうかー、よいかもしれないなあ。
悪い癖でつい妄想モードに入ってしまった私に「ま、そうやって、貪欲じゃないところが、サギリらしいんだけどね。」と言いながらサチエは、にっこりと笑った。

今年最初の冷やし中華を食べ終えて、店の外に出ると、やっぱりまだ日差しはぎらぎらしていた。カエルマーチも暑がっているように見えたので、サチエに洗車したいけど、いい? と尋ねた。もちろんいいよ、と返事をもらい、私たちは、コイン洗車場へ向かう。
セルフのガソリンスタンドにあるような全自動洗車もいいけれど、たまには手で洗ってあげよう。

これまで、お疲れ様でした。まだまだこれからもお世話になります。

「ま、そのうち、助手席はサチエじゃなくて、いい男になりますけれど、そんときもよろしくね。」と言いながら、じゃぶじゃぶと水をかける。笑いの含んだふざけんな、というサチエの声を聞きながら、ああ、私やっぱり、こういう日常が好きだ。結構しあわせかもしれないなあと思っていた。

カエルマーチで行こう! 【5】

好きなものが増えていくと、それに対するアンテナが敏感になる。
そして、関連する雑誌が部屋に増えたり、パソコン画面左端の「お気に入り」が増えたりする。それはごくごくアタリマエのことであって、なんら不思議なことではない。だから私の部屋に、クルマの雑誌が増えることに、おかしな点は無いのだ。
「それはそうだけど。」と、サチエは言う。そして、こう続ける。「限度ってものを知りなさいよ。」
もちろん私だって、普通のオンナとして今まで生きてきたわけで、数々の女性向け雑誌を私の部屋に迎え入れ、研究材料にしてみたり、なんとなくぱらぱらとめくってみたり、時にはお気に入りのタレントのグラビアを切り抜いて保存したりしてきた。それは今でも変わることは無く、「JJ」が、「Style」に変わった程度だ。
それに加えて、ちょっとだけクルマの雑誌が増えただけじゃない。サチエったら、それを大げさに。
「いやー。普通にdriverとか、じゃなくて、いきなりNostalgic Heroとか、OLD-TIMERとか読み始めたら、やっぱり気になるじゃないよ。」
だって、可愛いじゃないかー。と、ハンロンすると、私の可愛い車好きを知っているが故に少々トーンダウンしつつも、「ま。ね。前のてんとう虫やビートルは確かに可愛かった。でも、ああいう車にウツツを抜かしちゃったら、それこそ生活の大半を注がないとやってられないでしょう。実際大変だったようにさ。」と、親身になって私に「警告」した。
「わかってるよ。今の私はカエルマーチに夢中。それ以外の車に浮気することは有り得ないんだけれどね。実際には買えないからこそ、雑誌で代用しているみたいなもの。」と言えば、サチエは薄ら笑いを浮かべて、「いいけど、それって、えっちな雑誌を読んでいるオトコとおんなじ理論よね。」と抜かした。当然、裏拳を一発お見舞いする。

ゆったりとした休日の昼下がり。冷めた紅茶を入れなおそうかどうか迷っていたときに、部屋の隅に積み上げられた雑誌に、付箋が貼られていることを、サチエに気づかれてしまった。「何? これ」と言って、サチエは本を取り上げる。私は、抗議をしようにも、何と言ってやめさせたらいいのか、ちっとも言葉が浮かんでこなくて、あ、とか、う、とか変な声を出した。

古い車ばかりが載った雑誌の、モノクロページ。写真数点と、長ったらしい文章。車とそのカタログを掲載して、少々の薀蓄と、思い出話を語っているだけだ。取り立てて凄いことが書いてあるわけでもない。サチエの、興味津々だった顔は、だんだんつまらなそうな顔に変化していく。
「何で、こんな記事に。」と、口には出していなかったけれど、そう思っているのは明らかだった。ふーん、と、感心なさそうに、雑誌を閉じようとした瞬間。サチエの目が見開いた。ちっ。
「これ書いてる、五十嵐ユウスケ って、あんたのお兄さんじゃない。」
そうだよー。悪いかよー。と、私はふてくされた子供のように言う。別に隠し立てする気があったわけではないけれど、あまり知られたくなかったのも事実。
「へー、こんな仕事してるんだ。まさに、天職じゃない。」
「そ、ね。」
まったくだ。古い車好きが高じて、いつの間にか会社辞めて、自動車整備技師の資格とかとって、雑誌に連載まで持っちゃって。
良いご身分ね、と皮肉の一つも言ってやりたいが、別になんら悪いことをしているでもないし、誰かに迷惑をかけているでもない。結局、順調に自分のやりたいことを進めていく兄貴が羨ましいだけだ。

「あれ? 何、サギリとお兄さんって、喧嘩でもしてるの?」
とサチエは、ちょっと不機嫌になった私にたずねる。「うーん。」と私はうなる。決してそういうわけではない。どちらかといえば、仲はよいほうだ。
免許をとったばかりの私に、スバル360なんて「難しい車」を薦めたのは兄貴だけれど、ちゃんとそれに付随した、車の運転方法も私に叩き込んでくれたのだし。
おかげさまで私はいま、狭い駐車場に駐車するのも苦ではないし、他の車にクラクションを鳴らされるようなこともない。多少の不具合ならば、原因がわかって、さすがに自分で修理はできないけれど、整備工場に端的に状況を説明できたりする。ありがたいことである。

ただ、ある時から、連絡をとりづらくなってしまったのは事実なのだ。
それは、兄貴が突然会社をやめ、これまた突然、何でまたというくらい年上の2コブつきのバツ1と結婚なんぞしたときから、だと思う。
別に兄貴がどんな人と結婚しようが構わないし、私が文句を言う筋合いも無い。その上、母のほうにむしろ年齢の近い、嫁、マミコさんとやらも、よくできた人格者で、2コブのアヤカとマナミも、まあ、実に可愛い。だけれど。とにかく、理由も無く、気に入らないのだ。
そういう話を、実は今始めてサチエにした。するとサチエは、なーんだ、という顔をしながら、「そりゃあ、サギリ。嫉妬でしかないわ。」などとあっさり言いやがった。
「…やっぱり、そうなのかなあ。」と私は認めたくないので、不満たらたら、口を最大級に尖らせて言う。
「なに、サギリ。あんた本当に気づいて無かったんじゃないでしょうね?」と、サチエは呆れ顔だ。当然私は愚痴愚痴と言う。「え、だって、そんなに兄貴べったりだったわけじゃないし……。」とまで言ったところで、サチエは私のセリフをさえぎってまで言った。
「サギリの今まで付き合ってきたオトコ。ぜーんぶ、お兄さんに似てると思うのは、私だけじゃないと思うけどな。」

赤くなって、熱くなって、カッとなって、でも言葉にならなくて、言いくるめられて、頭が冷えて、喉が乾いたところで、ようやく私は、サチエに言った。
「……その通りですぅ。」
バカみたいな話である。気づいてはいたことなんですけれど。
「電話ぐらいしたら?」とサチエは穏やかに言う。うん、と子供のように私はうなずいた。

結局それから四日経っても、仕事が忙しかったり、なんだかんだと理由をつけて電話をするのを引き伸ばしてしまった。五日目、ちょうど兄貴が書いている雑誌が発売日を迎え、いつものように私はその本を買ってきた。よし、記事見たよーとさりげない感じでかけてみよう。と、私はちょっと鼻息荒く、ページを繰った。
いつもの兄貴節。偶然取り上げている車がフォルクスワーゲンビートルであることに、ちょっと暗示的なものを感じて、また、鼻息が荒くなる。独特のエンジン音と、フロントのトランクが好きだったなあ、なんて思い出しつつ、兄貴の冷静な分析と車の持つ歴史的背景に感心していた。
ところが、本文のラスト近くで、私は息を飲んだ。
こんなことが書いてあったからだ。

「……ところで、このビートル。私の妹が、ついこのあいだまで乗っていた。最終的に坂道の途中で動かなくなり、レッカーを呼び、涙ながらに見送った妹は、頭の中にドナドナが聞こえたなどと言っていたが、その悲しみは私にもよくわかる。その後新型マーチを愛でているようで何よりだ。最近ちょっと連絡が来なくて寂しいぞ、兄は(笑) たまには家にも遊びにおいで。今なら、ガレージに、てんとう虫も一台いるぞ。」

仕方がないなあ。と、私は本を閉じ、緩んだ頬と涙腺を手で撫でながら受話器を取った。

カエルマーチで行こう! 【4】

金曜日、久しぶりに残業も無く、早めに帰宅して、新発売のビールをぷしゅっと。
揚げ物は面倒だったので、缶詰のホワイトアスパラと、トマトをざく切りして、サニーレタスの上に乗っけて、特製ドレッシングで、はい出来上がり。ぱくぱく食べて、ごくごく飲んで、ふう満腹と、ソファベッドに横向きに足を投げ出す。ストッキングが伝線しかけているのを発見して、ちょっと舌打ち。でも、すぐあとで、まあいいか、と思う。
土日プラス一日の三連休が始まる。さあ、カエルマーチとどこへ行こう? と私は、関東全域のロードマップを広げた。

もしかして私、一生一人で生きていけちゃうかもしれない。
彼氏がいたらいたで、そりゃあ楽しいし、いろいろと助けたり、助けられたりするのだろう。でも、いなければいないで、とりたてて困るようなことも無さそうだ。
一人上手という言葉が一瞬頭に浮かぶ。あれ、でもそれって、えっちな意味だっけ? と酒好きという理由だけでなく、オヤジ頭脳になっているのかもしれない私は、ちょっとマジメに考える。
サチエはどうしているだろう。このところずっと私とでかけることが多く、彼氏の途切れることがなかった彼女にしては、珍しいことだ。
ちょっと探りを入れてみよう。と、サチエの携帯にメールを入れる。
「毎度、サギリさんですよ。連休は彼氏とタダレタ生活を送るのかね? うっひっひ。」
右手の親指をすばやく動かしながら、こんな28歳でいいのかな、という気持ちと、うっひっひよりは、いっしっし、のほうが感じが出るかなとか、考える。
送信。少しの間をおいて、返事が来る。
「いま、ざんぎょーだー。ふざけんな かちょーのやろう。てか、会議なげえよー。おなかすいたよー。ビールのみたいよー。ついでに、カレシほしーよー(爆」
思わず、サギリさんも、このメールには、手を合わせましたよ。おいたわしや、サチエ殿。
しかし、そうか、彼氏、いないのか。その割には、このあいだEGOISTEの香りがしたんだけどな。

結局まあ、イマサラどこか宿をとって、なんてことは出来ないので、近所のショッピングセンタまで二人で出かけただけだった。
輸入品マーケットで、見たこともない食材を買いあさり、ビールにあうおつまみ作り実験を繰り広げた。同じように見たことも無い、外国のビールをさんざん文句を言いながら飲みちらしたりもした。
パジャマに着替えて、サチエ用布団を敷いた途端、まるで「そういう話題」を避けるかのように、サチエは、高速で寝息を立て始めた。え、なんだよ、それはよ。
たまには、オトコの話も聞かせろよ、とサチエの肩を揺すってみたけれど、起きる気配はない。しまった、そんなことなら、飲んでいる最中に話を振ればよかった、と後悔しても、もう遅い。
別に私は、人の恋愛話を根掘り葉掘り聞きたいわけではない。むしろそういう話は苦手の部類に入る。しかし、サチエは別だろう。あれだけのモテモテ女に、こう長いこと彼氏がいないというのは、天変地異にまで発展しかねない。

「大げさだよ、サギリは。」
例によって、口に出してつぶやいていたらしい私に対して、諦めたような小さな声で、サチエは言った。
「……カレシがいないのは、ホント。そんで、週末はサギリと出かけているのも、ご存知の通り事実。で、実のところ、オトコとの関係は、ある。それって、つまり。週末は別の女と過ごすオトコと、繋がっちゃったのよ。」

こういうとき、私はどういう反応を示したらよいのだろう。私の根っこのほうにある感情で言えば、「それは、有り得るよなあ……。」だけれど、ここでこの状況を肯定してしまうのも、少々ヘヴィだ。「うわー、そうなんだ。」とだけ言ったら、私には、次の言葉が浮かばなくなってしまった。
「だから、あんたには話したく無かったのに。」
モテモテ女のサチエさんは、少々余裕かまして言うじゃないのさ。一瞬だけムッとする。
でも、それは付き合いが長いからこそ、の配慮だったのかもしれない。
仲良しでも、言えないこと、言いたくないこと、そして、言っちゃいけないことがある。
弱音を吐けばいいというものでもない。でも、強がってばかりいても、いつか破綻する。
バランスが大事だよなあ。と、思いながら、私はミネラルウォータを少し口に運んだ。

で、その後どうなったかというと、別にどうもならないわけで、相変わらずサチエは妻帯者との恋愛を苦しみながらも続けている様子。私に対してそれを逐一報告するような真似はしないけれど、ちょっとだけ、苦しいという胸のうちを、滲ませるようにはなって来た。つまりそれは、やっぱり限界が近いわけで、早いところ、精算したほーがいいぜー、と絵文字の少ないサチエのメールを見ながら思う。
もてる女も大変そうだ、と私は思う。もてる=恋愛上手なわけではない。いい女=恋愛上手でもない。なんとまあ、難儀なことだろう。
私のように、平凡な外見と、平凡な恋愛遍歴を持ち、平凡な暮らしをしているヤツが、そういう面では楽なのかもしれないなーと思うのだけれど、別に平凡であることを至上のように思っているわけでもないので、若干複雑でもある。

人生何があるかわかりゃしない。突発的な出会いがあるかもしれないじゃないか。
ドライブ先で出会った男の話を得々と述べる掲示板の書き込みに、中指立ててお前はいいよなっと悪態をつきつつ、ノートパソコンを乱暴に閉じ、私は今日もカエルマーチと私を磨くのです。
きゅきゅきゅっとな。

カエルマーチで行こう! 【3】

別に目的地を設けなくても、ドライブって楽しい、と思えるようになったのは、このカエルくんのおかげかもしれない。気の置けない友人。まさにサチエのようなヤツを助手席に乗っけて、日帰りドライブ。しょーもない漫才のような会話をしながら、うつりゆく風景を眺めるのは、悪い気分ではない。

少しずつ車の中身が充実してきた。CDはケースに入れて数枚常備されているし、後部座席には、ビーズクッション。車内が汚れたときのために、使い捨てのクロスやら、ウェットティッシュやら。こうやって車は私色に染まっていくんだね。

そして、本日登場の、新グッズは、サチエを迎えに行ったとき、一つは自分で装備し、一つはこっそり助手席においておいた。
サチエは、「お待たせ~」と明るい声で言いながら助手席のドアを開けた直後、それと私の顔を見て、5秒ほど沈黙した。
そのままゆっくりと助手席に座りつつ、それを自分も装備した。私はそれを見て、大爆笑した。「あはははははははははは」
「サギリっ! 指差して笑うなよ。なんだよ、これはっ! てか、あんたもかぶってて恥ずかしくないのっ!?」
それは、私が夜なべして、ニットで作った、カエル帽子だった。我ながら自信作で、ちょっと間抜けな顔つきにするのに苦労した。
「似合う~、サチエ似合う~」笑いすぎてお腹が痛い。サチエだって別に本気で怒っているわけではなく、こういうの、好きなはずだ。そりゃあ、ま、そうじゃなければ、かぶって見せてくれたりしないだろう。
「……にじゅうはっさい。女ざかりが。これで。いいのかな……。」
「うっさい。愉しめっ。人生、喜んだもの勝ちなのさー。」と、私は言いながらご機嫌でサイドブレーキを下ろした。

小学校や、幼稚園の頃の苦い記憶が、少しも古びない。いつまでたっても「あれはほら、子供のときの話だからさー」なんて大人ぶって話すことができない。
28歳になった今でも、先生に怒られた記憶や、近所に住んでいた男の子と喧嘩した記憶が、真空パックのように保存されていて、ときどき別の要因でそれが解凍されてしまう。文字通り頭を抱えて、ぎゃうー、私が悪かったよう、ごめんなさいごめんなさい、と口にだして、転げまわりたくなる。
そういうとき、車の中だと便利だ。本当に口に出して、「ぎゃわー」とか言えるのだから。マイカエルマーチくんからすれば、自分の中で自分の主人が、赤面しつつ突然叫びだすのだから、たまったものではないだろうけれど。
「そういうことって、ない?」
と、助手席のサチエに話を振る。0.5秒くらいで「ないよ」と冷たい答えが返ってきた。
「あ、そ。」私はあからさまに落胆する。別にみんなと一緒、がいいと思っているわけではないけれど、共感を呼ぶ話題だと思っていたのだけれどな。
「サギリ、ちょっと記憶力よすぎなんじゃないの? 普通はさ、たとえ覚えていても、あったあった、そんなことあったよな~って、かるーく流されるものよ。」
うーん、やっぱりそういうものなのかな?
「私ね、それで一度幼馴染と再会したときに、謝ったことがあったのさ。あのときはごめんねって。んで、あの時って何? なんて聞き返されるからさ。ほら、幼稚園のとき、あなたがいない隙に、あなたのプリンを奪ったのは、私なの、って告白したんだよね。」
「奪うなよ。」
「でしょう!? 別にとりたてて欲しかったわけではなくて、なんとなくやっちゃうような危険な子供だったわけだけれど、そしたら、そんなこと覚えてるわけがないだろう、とあっさり返事されちゃったのよ。」
「そりゃあそうでしょうよ……。よかったじゃない。懺悔終了~。」サチエは、ぱっと両手を広げて、しゅーりょーと伸ばして言った。
「ところが。」
「……何よ。」
「私はですね、そういう謝って許してもらった記憶をすっぱり忘れて。今度逢ったときに、また謝ってしまいそうになるのよう~」
「処置なし。」
「ふえええぇ。」
わかってますよ。アホみたいでしょう。だけど、事実なのだ。
まあ、サチエもそう言うしかないよね。おーよしよしなんて言ってくれるような間柄ではない。というか、そんなことされたらキモチワルイ。
私は、座席のヘッドレストに引っ掛けてあったカエル帽子をかぶって、ケロケロと鳴いた。サチエは穏やかに私を見て笑う。
太陽は傾き、市街地の道路は混雑しはじめていた。だけど、私は帽子をとらないままカエルマーチのハンドルを握り続けた。

カエルマーチで行こう! 【2】

「だいたいさあ。」と、助手席のサチエに話しかける。既にシートは倒されていて、私は、左下方に向けて声を発することになる。「ん?」と、くぐもった声がする。寝てはいないようだ。
「うら若きオンナが、週末に宇都宮まで餃子食いに行こう、って、なんか侘しくない? しかも助手席サチエだし。」
これっぽっちもホンネではない。提案したのも、私。色気より食い気が持続しているのも、私。わかっている。
なのにサチエは、シートベルトを首に引っ掛けるくらいの勢いで、腹筋を使って半身を起こし、「な、なに言ってんのよ、サギリが行きたいって言ったからこうして付き合ってあげてンでしょ? ふざけんなよっ。だいたい28って、うら若きかっ?」
予想通りのツッコミと、余計な一言をありがとう。これだから、漫才コンビだなんて言われるんだよ。

私のカエルマーチは、国道16号を抜けて、4号バイパスに入ったところだ。トラックが多く、見通しのよいところでは、先のほうまでずらりと車列が見える。混雑というほどでもない。日差しも強くなく、ぽかぽかと暖かい。快適。

私、こと五十嵐サギリと、助手席の女、海老沢サチエは、その名前の語呂のよさも相まって、学生時代から漫才コンビ扱いをされてきた。一番笑ったというか、困ったのが、ちょうど就職が決まった頃、その話がいつのまにか、漫才コンビとしてデビューという話になっていたことだ。
後輩に「おめでとうございます! このへんに営業に来たら、見に行きますねっ!」と言われて、損保会社に就職が決まっていただけに、営業してる姿なんて見て楽しいのか? と私は、心底思ったものだ。
見るだけじゃなくて、加入してよ、と言ったら、ファンクラブですか? と真顔で返答された。鈍い私は、翌日どういうことなのか理解した。

私のカエルマーチには、ナビがついている。これが優れもので、現在位置を示すマークが、ちゃんとマーチ型なのだ。色も選べる。もちろん、カエル色。
そしてこれが、カーブのたびに、ぴょこんぴょこんとお尻を振るのだ。
正直、可愛くってたまらん。運転を誰かに任せて、ずっと見ていたい。
あいにく、サチエはペーパードライバーなのだ。本人は言う。「私が免許をとれたのは、教官が男ばっかりだったからだ。」と。
あんまり言いたくはないが、サチエは、確かにモテる。美人でスタイルがいい。ファッションセンスだって悪くない。ちくしょう。サチエのくせに。

「なにが、サチエのクセによ。」
「人の回想にツッコミ入れないでくれるかな~」
「あんた今、思いっきり口に出して言ってたじゃないのよ。」

車は大きな橋を渡り、県境を越える。
「しかし、車で来ちゃうと、お酒が飲めないのが難点よね。」
「あたしも飲んじゃだめか。」
「あたりめえだろう~」と、私は半泣きで抗議する。
こう言ってはなんだけれど、私はお酒が好きだ。ついでにお酒のおつまみになるような料理が好きだ。そして、そういう料理ばっかりが得意だ。
課長には「サギリくんみたいなのを、オヤジギャルとか言うんだよ」と、21世紀らしくないことまで言われたけれど、否定する気はない。あんな美味しいものをオヤジだけに独占させるものですか。
「そこまで酒好きで、しかも美味しい餃子を食べに行くというのに、車で来たがったのは、なんで?」
「ま、そりゃあ、餃子とお酒も大事だけど、カエルマーチくんとのふれあいもしたかったわけよ。」
ウソではない。消え入りたいと思うような、しょんぼりした記憶を吹き飛ばすのは、気の置けない相手との、お気楽ドライブが最適ではないか。

車はようやく栃木に入った。ナビは宇都宮まであと40分と告げている。ぎょうざー。お腹すいたー。
28歳女子、これでいいのか? と一瞬だけ思う。でも、すぐに打ち消す。いいじゃん、別に。何にも背いてないよ。ね? おてんとさま。
運転席側の窓を開けた。温められたばかりの、新しい春の風が心地よい。軽やかに唇に浮かんだ歌をうたおう。
「そーのうちなーんとか なーるだーろーおー」
……いいのかな、ホントに。

カエルマーチで行こう! 【1】

「私のことを、早く嫌いになってください。」と信号待ちの隙に左手で入力をして、ざっと変換を確認して、送信。慣れた手つきではあるけれど、そんな文面を入力したのは、当然、初めてだ。
携帯は逡巡する間も見せず、「メールを送信しました」と表示した。少しは悩んだり、いこかもどろかするそぶりくらい見せろ、と思ったりもするが、だいたいそんなことは携帯じゃなくて、本来私がすべきことだ。わかってらい。
でも私は、そうしなかった。もう決めていたから。
ああ、神様、どうやったら私は、消え入ることができるでしょうか?
死にたいなんてつぶやくのはとても簡単だけれど、そこまでの覚悟は無いので、消えたいという言葉を選んでみたのです。どうかしら?

携帯電話を助手席に放り投げ、後ろの車にせかされるように、アクセルを踏み込んだ。
軽い。思いのままに車が動く。
免許を取得してから、もう10年近く経つ。てんとう虫、ビートル、と乗り潰して、さて次はどんな動物にしようと思った結果、選んだのが、このカエルマーチだった。
日産マーチ。形もカエルっぽいけれど、グリーンだったりすると(本当はフレッシュオリーブって言うらしい)、本当にアマガエルくんそっくりで、一目見て気に入った。可愛い。こいつならば愛せるに違いない。
乗ってみて驚く。軽い、綺麗、早い。いつの間にか日本車の技術はここまで進んでいたの!? と、友人のサチエに言ったら、「あんたが今まで乗っていた車が特殊なの。」とばっさり斬られた。ま、うすうすそうじゃないかとは思いましたが。

過去に何回か、泣きながら車を運転したことがある。
一度目は、目にゴミが入った。これは、ノーカウントにするか。てんとう虫(=スバル360 エンスー兄貴のお下がり。可愛い車だったけれど、私には乗りこなせなかった。)時代の話。
二度目は、聴いていたラジオドラマにマジ泣きした。車止めましたもの。おいおい泣いたぜ。これはビートル(=フォルクスワーゲン ラジオしか無かったことを物語るエピソードだね)時代。
そして、三度目は、今だ。
沈黙している携帯をちらりちらりと横目で見ながら運転していたら、じんわりと涙がにじんできた。
やべ。こらえろよ、ちくしょう。
だってさ、よくある話じゃない。ただの別れ話だよ。たとえそれが、お互い嫌いになったからではない、といったところで、「よくある」という形容詞が無くなるわけでもないだろう。
今、この瞬間にだって、人間が生まれ、死に、結婚し、離婚している。カップル誕生も、破局も、浮気も。いじめも、虐待も、初恋も。
アタリマエのイトナミの一つが、私の身に降りかかった。そして、私はそれを強行に任務遂行に導こうとしながら、どこかで悔いて泣いている。
誰からも嫌われたくなんかないやい。八方美人って言われたって、主義主張を曲げたって、嫌われるよりはマシだい。
普段割と本気でそこまで思っちゃってる私が、敢えてこんな決断をした勇気をたたえろってんだ。
誰に言ってんだ私。

涙止まったぞ。こぼれるまでいかなかったから、お化粧も直さないでいいや。
日も暮れてきた。早いウチに買い物を済ませて、家でバカ食いしてやる。
色気は、明日からだ。へっ。

そろそろこいつにも餌をあげないといけないね。これからどんどん遠出してやるからな。覚悟したまえよ、カエルくん。