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« この女装コミックがすごかったね!2017年版 追補と雑記 | Main | Delusion Stream Liner »

Sweet Around Fourty

「ね、今度、女装してっていい?」

という一言のためにこんなに気力を振り絞ることになるとは。実際のところ私の女装写真など嫌になるほど見ているだろう相手なので、そんなこと断りもなく普通にスカート履いて化粧して会えばいいじゃないか、と思わないでもない。

でも、やはり、透けて見えてしまうのだ。どうしたって、女装の、向こう側が。

*

もう43歳になったことの実感は、老眼が最初だった。髪に混ざる白髪は、あるにはあるがまだ気にするほどでもない。シワやシミもそりゃあるし、肌のハリも衰えたなとは思うけれど、具体的にこりゃ困ったなと思ったのは、小さい文字が見えないことだ。老眼鏡をかけるほどではない。が、近眼のメガネを外して見たらよく見えたという経験の最初はさすがに、ああ、これが老眼というやつか、と落ち込んだ。とはいえ。仕方が無いではないか。生きていれば新陳代謝を繰り返し、少しずつ衰えていく。平均寿命からすれば半ばを過ぎたぐらいだ。今まで過ごしてきた時間と同じだけまだ残っていると考えると先は長い気がする。

子供はない。そもそも結婚もしていない。気軽と言えば気軽だが、まだ両親は健在で私の結婚を諦めていない。将来一人になってしまうことを心配しているようだ。その頃には世の中に独身老人は多いだろうけどね。どうなるんだろうね。

学生時代の友人は大半が結婚したが、まだ数人未婚がいる。もうとっくに自分だけになってるだろうと思ってただけにちょっと意外ではあった。

その中の一人、藤原幸人と再開したのは、ネットが切っ掛けだった。

あのfacebookというやつは勝手に電話帳を探り、勝手に知り合いを探してくるらしい。名前で検索しても正しい人を引っ張ってこられないくせに周辺情報から探してくるとは密偵のようだ。

最初からfacebookには女で登録した。名前も女装時に使っている望月真帆にした。苗字は本名だ。写真も自画撮りのキメ顔で、まあ10枚撮れば一枚くらいはまあまあ可愛く見えるやつが撮れる。上目遣いにしているのは二重あごが目立たぬように、というのと目が大きく見えるという錯覚を利用するためだ。まるで女子高生のようなテクニックだが、むしろ私達女装者のほうがそうした知識は豊富かもしれない。ま、必死だからな。

だから、学生時代の友人は名前から私を探すことはできないはずだ。写真を見たってすぐに私だと気付かないだろう。

……と、思っていた関門をいともたやすくすり抜けたのが藤原だった。おそらく確認用に入力した携帯メールアドレスが一致したとかそんな理由だ。危ないなあ……その後すぐに携帯メールは検索に使われないように設定した。

「甲府にいた望月くんですか?」というメッセージが届いたのは、深夜、ネットを巡回中だった。スマホにプッシュ通知。facebookはそんなに積極的に交流に使っていないので珍しいなと思いつつ開いてみたら、懐かしい名前が見えた。

「あ、ええと、藤原くんだね? 久しぶりだね! ってか、あの、この写真と名前でよく私だってわかったね(笑)」

と返事をする。カッコワライは照れ隠しだ。女装歴20年もすると身バレなども経験してきている。案外すんなり受け入れられるものだと知ってはいる。それでもやはり緊張感はあるものだ。

「違ったらすぐにごめんなさいをするつもりだった(笑) ずいぶんキレイになって。久し振りだねー」

ぽん、という軽快な電子音に乗せてそんなメッセージが飛んでくる。穏やかな笑顔を思い出してくる。

学生時代と言っても、藤原とは中学時代からの友人なのである。中学高校を通じて二人で同じ文芸部に所属して小説だのアニメ感想文だのを書いてきた。今で言えばオタク仲間とでも言えるだろうか。当時はオタクは間違いなく蔑称だったので自称したくはなかったのだ。

藤原は身体が大きい。一方私は小柄なほうで、二人で並ぶとまるで漫才コンビのようなコントラストだった。お互いの家に行ったりという交流は不思議となかったけれど(市内でもちょっと家が離れていたのだ)、帰り道にちょっとした寄り道をしたりはよくしたものだ。

高校を出て大学は別々に進んだ。その辺りから交流は疎らになり、年に一度の年賀状ぐらいでのつながりになっていた。

facebookのしてやったりという顔が浮かぶようだが、懐かしく嬉しい再会だ。つもる話もある。今どこにいるの? 都内に出られる? 飲もうよー! とすぐに話はとんとんと決まっていく。

その週の金曜夜にはもう秋葉原の居酒屋でオフラインミーティングにまでこぎつけた。

「なあんだ、普段は女装じゃないの?」

というのが藤原の第一声だった。私は照れながら「や、うん、驚かせ過ぎちゃうかなって思って。」と言った。普段から髪は長めなのだけれど、一つに結んで、レディース服だけどだぼっとしたどっちつかずな格好で行った。髭は数年前にレーザー脱毛したのでノーメイクでもまあ女性に見えないこともない。

混んでいたのでカウンター席に並んで座って、ビールで乾杯。藤原はその大きな身体に似合った豪快な飲みっぷりだった。思わず私は、いいねと言ってしまった。「いいね!いただきました。」と言う藤原。どうやら彼もネットスラングなどそこそこ詳しいようだ。

今の仕事のこと、高校時代のこと、大学時代に所属した文芸部の話。話は尽きない。会って話すのは20年ぶりくらいだというのに、まったくそうしたブランクは感じない。不思議なものだ。

「いつから女装してんの?」と聞かれた。正直に答える。興味持ったのは小学校の頃からだけど、ちゃんとできるようになったのは一人暮らしはじめてから。だから高校出てすぐかな。おー? だったら女装ライフスタートしてから何度か会ってたってこと? 見抜けなかったなーなんて藤原は言う。そりゃ昔は今よりもガード固かった。バレたら相当にまずいことになるに違いないと全方向におびえていた。

けれど、女装という趣味は普段の格好も少し身ぎれいにするようになるし、立ち居振る舞いにも気を使うようになる。清潔感があればむしろ好意的に受け取ってもらえることさえあるのだ。時代もあるだろうし、先輩方が切り開いてきた啓蒙活動の成果というのもたぶんにあるのだろうね。

などと酔っ払っているのでちょっと饒舌だ。藤原はもちろんそうした話に否定的な態度をとらない。ああ、変わらずに安心できる友人だなあ……。

その日は終電近くまで飲み、またすぐに会おう! と約束をして別れた。お互い楽しかったのは事実であり、次の約束は本当に早くに果たされた。それからしばらく一ヶ月から二ヶ月程度を挟んで会うようになっていた。

藤原も独身だった。私のような女装趣味があるわけでなし。理学的な知識もあるような秀才だし、容姿も地味かもしれないが決して悪くない。出会いが無いんだよねー、などと笑っている。

私は、女装はしているが、恋愛対象は女だ。……と、頑なに信じていた。学生時代のクラスメイトの女性に抱いたあれは間違いなく恋愛感情だった。その後も気になる女性と付き合ったりして、普通にセックスもした。女装趣味が知られてもそれが原因で別れたりはしなかったが、結婚までは結びつかなかった。

今思えば私の中に迷いがあったのかもしれない。

私にとっての女装は確実に「性別違和」の現れだった。けれどホルモン治療や性転換手術に至らない理由は、自分でも正直なところよくわからない。何か切っ掛けがあったら変わっていたかもしれないなと思う。

ただ、その場合恋愛対象が女性というのはどうなんだろうな、なんてぼんやり考えていたのだが、もしかしたら、単に自分の中の女がちゃんと目覚めていなかっただけだったのかもしれない。

つまり。

私は藤原に男を見出し、そして、間違いなく惹かれていたのだ。

一人の夜、丁寧に化粧をし普段外には着て行かないようなドレスを身にまとう。このドレス姿で藤原に抱かれる妄想をする。衣擦れの音が耳に刺さる。自分の手のひらの温度ではなく、違う温度。大きな手。低い声。不器用な指先。痛いほど強く吸われる乳頭。体中につけられるキスマーク。叩いてくれてもいいのに。乱暴にしてくれてもいいのに。絶対にそんなことしないだろうけれど、そんな暴君であったとしてもきっと許してしまう。……いや、自分の中のM性はもしかしたらそうありたいと求めているのかもしれない。肉体を傷つけられるのは誰にされてもいいわけではない。彼じゃなくてはダメだ。彼でなくては。

果てた後に、彼でなくては、というのはもう完全に戻れないところに来てる証拠だなと苦笑いする。いつの間にか一緒に飲んだという単なる記憶が、甘い思い出にすり替わっていく。過去にさかのぼって妄想の分岐点にif文を挟み込む。あのとき、キスをせがんでいたらどうなっていたか。好きだって言っちゃったらどうなっていたか。

どうも自分の判断は甘いと思う。そんなに都合よくなるわけがない。向こうにも選ぶ権利はあるのだ。友人であるということと恋人であるということのあいだには大きな隔たりがある。男同士であるということや43歳に至るまでさほどの恋愛経験も無いということ、それは隔たりを大きくしこそすれ簡単に飛び越えられるようなものではない。

難儀な恋愛をはじめてしまった。いい年をして友人を無くしたくなどない。しかし先に進みたいとも思う。

あまりにも妄想が甘美過ぎるのかもしれない。

そして言ってしまったのだ。「ね、今度、女装してっていい?」の一言を。藤原は何一つ普段と変わることなく、お、いいよ、生で見られるの楽しみだな、と屈託なく笑う。

ここまでは想像したとおりだ。そして、実際に私の女装を見て、目を細めてくれるその穏やかな顔までありありと予想がつく。そしてそれはあまりにも……優しくて胸が痛む。

気合が入りすぎた女装は失敗につながる。いつもならなんてことのないアイラインが震える。差し水のように油断した部分を意図的に作ろうとする。それが43歳なりのバッファだ。下着は慣れたものにする。ちょっとくたびれたブラジャーとショーツ。ことさらに扇情的な下着なんて、写真に残す時だけで充分だ。少し出っ張ったお腹を隠すためにも、毛あれの目立つ足をカバーするためにも、黒いストッキングを履いた。

ゆったり目のブラウスに合わせたスカートを履く。靴もヒールは高くないものを選ぶ。男は女ほどに足が柔らかくなく、甲が高い。ヒールは身長を目立たせるが、それ以上に歩く姿を醜くしかねない。

デートらしい気合いと気張り過ぎないバランスがそれなりに絶妙かな、と自画自賛する。何枚か自画撮りをする。カメラアプリの性能がよいので、肌の難を隠して実物より綺麗に撮れる。この写真は可愛く撮れたが、現物はニ割減ぐらいに思っておいたほうがいい。

待ち合わせは秋葉原駅だった。金曜の夜。私は比較的時間が自由にできる仕事なので、早めに仕上げて、こうして準備をしてきたが、藤原は会社帰りだ。

バッグからスマホを出して時間を確認していたところに、声がかかった。「おまたせ。見違えたね。可愛いねー。」

……どうしてこんなことをすんなり言える男がモテないのだ。今のは殺し文句だろう。必殺技か。私は藤原の顔を見上げながら、もう泣きそうになっていた。かろうじて言う、ありがとう。

頬が上気する。どこからどう見たって恋する女だろう。たとえリードされて男だとバレたところで、それは恋する女装男に変わるだけだ。

いつもより声を少しだけ絞る。太くて大きな声を出さなければ外見に印象は左右され、声でバレることはあまりない。ましてや中年に差し掛かったおじさんおばさんが仲良く歩いて仲良く食事をしていたところで、それを気にかける人など多くはない。「今日は少しいい店行くかな。」と藤原が含み笑いをしながら言う。女装男と一緒だというのに、それを楽しんでくれているように思う。だったら……、だったら私、全力で乗っかっていいかな?

頭の中で吉田美和が「ちょっと何よこれ楽しいじゃない」と歌い出す。もちろん「ちょっとこういうの嬉しいじゃない」と続く。まるで10代か20代の若者みたいにはしゃぎたくなる。なんだかよくわからないもので胸がぐいぐい満たされていくのがわかる。それでも頭の奥で、私自身が「飲み過ぎるな」「はしゃぎすぎて男を出し過ぎるな」と警戒する。そこが40代のいいところなんだろう。

押し入れから見つけ出したと言って、藤原は古びた同人誌を取り出す。もしかして、それ、私達の部誌? そう! なつかしー! え、私何描いてるの? わー、そうか、パトレイバーとか始まった頃だね。藤原くんやっぱ車とかバイク当時からうまいねー。真帆くんはこの時から女装っ子とか描いてるじゃん。ぶれないよね、お互い、あはははは。

あ、そうだ、風のうわさ。この時の3年生の部長さ、1年生のこの子と結婚したって。!? マジ!? 知らないよー!

はー、私達の知らないところで、あの部活でも愛が育まれてたんだねー、ひゃひゃひゃ。やー、その当時は全然だったらしくてさ、社会人になってから再会したんだとかなんとか。へー! そうなんだ!

お酒のせいだろうか。うっかり私は言ってしまったのだ。「私達と一緒だね。」

実際のところ、深い意味があったわけではない、単に「社会人になってから再会した」という部分に掛けたつもりだっただけだ。けれど、藤原は一瞬笑いを止めた。

あ……私、やっちゃったかな。冷たい汗が出たのがわかった。言い訳しよう。なんか上手に、ってか正直にそうじゃないって言えばいいのかな。あ、でも、そうじゃないって失礼かな。

藤原は別に怒ったふうでも動揺したふうでもなく、私の様子に気づいた風でもなく言った。「俺らは……結婚は……無理なんじゃないかなあ。」

これは、ジョークなんだろうか。愛を育む、ってところを否定しないのは自明だからだろうか。少し混乱する。

「そう、だよね。私、戸籍男のままだし、身体いじるつもりないから、このまま変わらないだろうしね。」

などと、余計なことを付け加えているかもしれないと思いつつ、拾い上げて会話を続けてしまう。

「養子縁組するとか聞いたことあるよ。」と藤原は言う。それは一般知識だな。ごく普通のよくある話だよな。

「そうだねー」と、気が抜けたような返事をした。これでこの会話は終わりだろう。少しホッとした。

と、思ったのに。

「一緒に生きていけるパートナーと出会えるのは、それだけで羨ましいよ。」と、藤原は言った。

43歳。独身。親も年老いて、先のことを考えなくてはならない。いずれこのままでは一人になる。そういうことを考えたことが無いはずはない。20代の頃は、30歳までお互い独身だったら結婚しようね! なんて言い合える女友達だっていたのに。いつの間にか彼女達は自分を置いて結婚してしまった。

私はこんな風体だから考えたことは無いけれど、結婚相談所とかそういう具体的な行動にだって出られたはずなのに。

少し気持ちが落ち着いてきた私は、蒸し返すようなことを口にする。「私が本当の女だったら、私達結婚したりしてたかな?」 うん。我ながらすごいこと言った。このタイミングで、それ言うか。お酒怖いな。

藤原は一瞬間を置いてから、「あー」と言った。極めて曖昧な、どうとでもとれる言い方で「あー、あーねえー」と返事をした。失敗しちゃったかな、やっぱりここでそれ言うべきじゃなかったな、と二度目の反省をし始めたとき、藤原は小さな声でぼそぼそと言った。

「や、えー、別に本当の女じゃなくてもさ。結婚じゃなくてもさあ。ってか、まだそういう話するのは早過ぎるってかさあ。」私達は根がオタクなのだ。ひとりごとのようにぼそぼそと言ってしまうことは、まあ、よくあるのだ。

でも、でも、どういうことなんだろう。つい、私は、藤原が愛おしくなって甘えてしまう。

「ねえ、今日の私、可愛い?」

バッと顔を私に向けて、目を見開いて藤原は言った。「可愛いとも!」

私の身体から硬さが抜けていく。ふにゃふにゃになりそう。「ありがとう、嬉しい。ちょう嬉しい。」

「めっちゃ可愛いってかさ、俺らお似合いじゃねえ!?」

藤原の顔が真っ赤だった。こんなに赤い顔の人いないよ、って笑いたくなるぐらい真っ赤だった。緊張したんだろう。すごく勇気を持って言ったんだろう。なんと可愛い人なんだろう。

私は涙が出てきた。それを見て藤原は焦る。ひどいことを言って泣かしたと焦ったのかもしれない。そうじゃないよと手で制しながら、私は言った。「ありがとう、……大好き。」

*

子供の頃に想像した40代の恋は、もっとスマートで、もっと秘めやかで、もっと湿っていた。けれど、経験が浅いままに40代になれば、結局10代や20代と変わらない、幼稚でボキャブラリの少ない会話で、暴投のキャッチボールをしながら探りあうのだ。

あとからあの流れはぐだぐだでカッコ悪かったなーって思うけど、別にそんなことどうでもいい。伝えたかった思いは伝わったし、向こうからも伝えてもらった。これ以上何を求めるのか。

……いや、求めた。求めたけど。その後、たくさん。キスや愛撫やセックスや。それこそ何も無かった20代30代のブランクを埋めるように。でも、ほら、老眼になりつつあるし、体力だって衰えてきてるから、そう一晩中というわけにも……。

難しくて面倒なことを考えなくてはならないことはわかっている。しかも待ったなしだ。

でも、せめてもう少し、この胸の中がとろけるような思いが消えないうちは。

甘く。

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