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Call Your Name

「いつから好きになったのですか?」という問いには残念ながら答えることができない。いつ、という明確な区切りをぼく自信が認識していなかったからだ。

しかし「いつ出会ったのですか?」という問いにならば回答することができる。1984年の4月。中学校の入学とほぼ同時だったと記憶している。

当たり前と言っていいのかどうかわからないが、当時真帆は男子中学生であり、前髪をおろしてメガネをかけていた。明るく友人も多そうに見えたが、おそらく「こちら側」だろうと思っていた。

「こちら側」とはもちろん、オタク側、という意味で、子供の頃のアニメ好きとはまたちょっと違った気持ちで、アニメ雑誌を立ち読みしたりするようなタイプを指している。ぼくがそうだったから、ということもあるだろうが、自然と世の中の人達を二分してこちら側陣営を増やそうと思っていた。

世の中は、乱痴気騒ぎの如くに明るさを謳歌し、そこに属さない人たちをネクラと蔑み、オカマなど格好の笑いものだった。21世紀の今になって真帆と、あの時代は最悪だった、という話をすることがある。テレビにもオカマの人はよく出てきていたが、登場=笑っていいですよ、という合図のようなものだ。その人が面白いことを言って笑わせる、というのとは明らかに違うムードが漂っていたように思う。

真帆は、小学校からの友人が多かったようだけれど、なんだかちょっと合ってないようにも見えた。ぼくたちオタク組にシンパシーを感じているように思えた……ので、声をかけた。最初にどんな話をしたかは覚えていない。けれど、好きな漫画やアニメの話だったとは思う。ゲームだったかな。

しかし真帆は思ったよりアニメを見ていなかったし、詳しくも無かった。ちょっと拍子抜けしたが、テレビそのものをあまり見ていないようで、漫画だったらそこそこ語っちゃうよ、なんて笑っていたのを覚えている。

もちろん当時の真帆は女装をしていなかった。物心ついた頃には女の子に憧れがあり、思春期の頃には明確に意識していたというから、もうこの頃真帆は女の子になりたいと考えていたはずだ。けれど、ぼくを含め、当時の同級生は誰もそうだとは知らないだろう。真帆は極めて上手にその思いを隠していた。

ただ、一度だけ、思い当たるフシがある。あれは中学三年生の頃だったと思うけれど、友人間で話題になっていた小説があった。「未来放浪ガルディーン」。火浦功が小説にしたすちゃらか巨大ロボットコメディ。真帆はガンダムも見たことがないというのに、なぜかこの本を熱心に読んでいた。そして、ぽつりと登場人物である、シャラ=シャール・酒姫への憧れをこぼした。ダブル主人公のうちの一人、女装の踊り子だ。

どのキャラがいい、なんて話はぼくたちにとって日常的な話題であり、特に珍しくもない。他にだって、「パタリロ!」や、「うる星やつら」について語ったりしていたではないか(……今思えばどちらにも性別を越境したキャラが出てくるが)。しかし、そうしたキャラ萌えというよりは、そのキャラのように生きたいという表明のように見えた。詐欺師にカマ掛けるような狡猾な生き様の部分にぼくなどは注目していたけれど、そうではなかったのだな。可憐に女装して踊ってみせたかったのだ。

意図的なのかそうでないのか、そういう話をぽつりぽつりとするときの真帆は、メガネを外したりすることがあった。理由はよくわからないが、メガネを外したときの顔が女性的に見えることを知っていてやっていたのかもしれない。事実、ぼくは、その真帆を見て、きれいな目をしてるんだなと思った。最初にも言ったが、それが好きになった瞬間とかそんな大層なものではない。それを意識するのは、もっとずっと後……30年近くも後になってからだ。

真帆とぼくは、高校も一緒だった。うちは市内の南側、真帆は市内の中央北側寄りに住んでいたので、帰り道は一緒ではない。けれど、駅まではなんとなくだらだらと自転車を押して話ながら歩いたりはした。漫画研究部などがあれば入りたいと思っていたのだけれど、漫画や絵に関する部活は美術部しかなく、どうやら文芸部がそれに一番近いと聞き、真帆と二人で入部届を出しに行った。ああ、そういう行動も先輩方に腐のつく女性がおられたら格好の餌食だったのかもしれないと思う。それから長い月日を経て、本当にカップルになりましたよって報告したら、どんな顔をされるだろう。

思い出話ばかり長々としていても仕方がない。もう少し話を飛ばそう。

高校はコースからして別々になった。ぼくは理数科。真帆は普通科。若干の授業カリキュラムが変わるぐらいで日々の生活はあまり違わない。真帆は、文芸部と並行してバンドなんかもやっていたみたいだけれど、実はそのへんの活動についてはよく知らない。当時の写真もあんまり見せてもらえない。男っぽいから? とたずねたら、違う、私細かったから、だって。どんな理由ですか。比較されて太ったって言われるのが嫌なのか。今ぐらいまるまるしてるほうが柔らかくてよいではないかと思うのだが。

さておき、卒業と同時にふたりとも大学へは進学せず、予備校に通うことになった。まあ……いわゆる浪人というやつで。同じ予備校だったりすればまた運命は違っていたのかもしれないけれど、残念ながらそうはならなかった。そして、真帆はそれを期に一人暮らしを始めたようだった。あんなに多趣味の人がこの時期に一人で住むとか、今で言う「死亡フラグ」みたいなもので、やりたいこと多すぎて二浪するんじゃないかしら……と思ったりもしたのだけれど、どうやら無事に大学入学を決めたようだ。ぼくも辛くも都内の大学に進学することになった。

若かったぼくは、たとえ別々の学校に行こうが、友情が簡単に壊れたりはしないと頑なに信じていた。

事実、友情は壊れなかった。しかし、その友情を温めるには、時間が足りないことを悟った。日々が豪速で過ぎゆくことに加え、怠惰さも加わり、自然と疎遠になってしまったのだ。結局年賀状だけの付き合いがしばらく続いた。

再会したのは、真帆はFacebookだと思っているようだが……実は違う。それより前にTwitterで見つけた。

Twitterは興味本位で登録してみたものの、イマイチ自分から発信していくことに積極的になれず、アイコンもデフォルトのまま、ROM専になっていた。

その切っ掛けはまったく覚えていないのだけれど、そういえば真帆はこういうwebサービスとか好きそうだし、アカウント持ってるんじゃないかな? と気づいた。探してみようか。とはいえ、他人が使いそうなアカウント名なんてそう簡単には……、わかる。

真帆が高校時代から使ってるペンネームや、メールアドレスのアカウント名は、ずっと変わっていないはずだ。ユニークなバーチャルネームを持ってるとリアルの自分とは切り離した同一性を確保できるから、ということを今から20年も前に考えて実現していた……のが理由かどうかはわからない。けれど、そういうキーワードが真帆にはあった。

ヒットすればラッキーぐらいの軽い気持ちで検索したら、ジャストミート。ぼくの知ってるペンネームで一日10回ずつぐらいつぶやいていた。若者ほどに無駄話も多くなく、時々オリジナリティのあるダジャレなどくだらない話も織り交ぜ、軽い近況報告の場にしているようだった。名前とbio欄で本人だと確信したものの、唯一引っかかったのがアイコンの実写女性写真だ。

いや、もうその時点で、女性じゃない、これ、真帆だなと気づいていた。髪型もロングヘアだしメガネもかけてないけど……ぼくがこの顔を間違えるはずもない。第一印象は、「はー、綺麗になるもんだなあ」だった。

そうか、真帆のどこかミステリアスな雰囲気はこの辺りから来ていたのか。物腰の柔らかさや描く絵や文章の女性的な雰囲気など、思い返せばあれもこれも伏線のように思えてくる。性転換ではなくあくまで女装なのだということは過去ログを読んでいてわかった。ふむ、可愛いではないか。

少し前までは、女装というとどうしたってマイナスのイメージがあった。特に40代の女装といえば、無駄にエロい下着を着て、舌なめずりしてるような下品な写真のイメージしかなかった。真帆がもしそんな女装をしていたら……付き合ってなかっただろうなあ。そういう人は不特定多数の男性とよからぬことをしたいからセックスアピールを必死になってしているのだろう。かたや真帆がなりたい女性像は、ごくごく普通に暮らす同年代の生きた女性のようだ。だからおしゃれをすることもあるし、手を抜いて気楽な格好で買い物に出ることだってある。そういう普通さに強く惹かれた面は否定しない。

さて、気づいてしまった以上、声をかけたいのだけれど、どうすればいいんだろう。真帆のフォロワーは200人程度。社交的な人だからリアルの知り合いだけでもそのくらいはいるだろう。時々あけすけな女装に関するネタツイートもしているところを見るとネットの知人とだけつながってる可能性もある。かつてアップされた自画撮り写真をさかのぼって見てみる。あー、可愛いなあ、気取ってなくて、ごく普通の女性の生活が見えるような写真がほとんどだ。あっ、まどかコスプレ発見。アニメはあんまり見てなかったと思うけど、趣旨替えしたのかな。いや、さすがに話題作だしそのくらいは見てるか。

重ねて言うが「好きになった瞬間」は記憶していない。いないけれど、こうして写真を見ているときに、こんな子と付き合いたいなあと思ったことは告白しておく。ただそれは真帆というパーソナルを意識して、というわけではなく、単純に「写真に写っている女性」を切り離してそう思った。こういう「すごい美人」でも「アイドル級の美少女」でもない、身近にいそうな女性のいろんな写真なんて、身内ぐらいしか見る機会無いだろうから、僭越なモテない童貞のおっさんは、ああ、いいなあ、こういう子と結婚したいなあとか身勝手に思うものなのだ。

結婚……いや、結婚は無理だな。かつてぼくはお見合いを二度ほどして、二度ほど断られている。会話が弾まないのだ。「喫茶店で二時間程度楽しく会話ができる」ことが結婚相手の条件、と紹介してくれた人に言われた。その方は限りなくハードルを下げたつもりでそう言ったのだろうけれど、二時間は長い。趣味が一緒だとか、アニメやロボットやバイクやエンジンの話を一方的にこちらがして、うなずいてくれるというような非対称性を認めてくれるならばともかく。

自分には結婚は向いてないのだろう。長男ではないのであまり家のことを意識することは無いけれど、老後の暮らしを考えるとずっと一人というのも難しそうだ。

真帆は、結婚しているのかな? 彼氏のような影は見えないし、彼女がいたらこんなに女装ライフを漫喫できないんじゃないか。

Twitterだけだとわからないこともあるので、他にもこっそり調べた。mixiとFacebook。ペンネームとメールアドレスから簡単にページは見つけられた。mixiは割とアクティブに使っているみたいだったけれど、日記が友人まで公開になっていた。とりあえず保留。Facebookを見るとパーソナル欄に、独身と書かれていた。名前は本名推奨なのだけれど、苗字はリアルな望月、名前は、男性名ではなく、真帆になっていた。なるほどそうやって使うんだ。性別も女性になっている。現住所は千葉県か。仕事の関係だろうか、甲府には戻ってないようだ。

ここならば大丈夫かな、と何の根拠もなく、メッセージを送信した。「甲府にいた望月くんですか?」

もっと他の言い方があっただろうと今となっては思うけれど、まあ、切っ掛けとしては結果的に良かった。

そこから交流が再開して、トントン拍子に一緒に飲むことになって、二時間どころか何時間でも一緒にいられることに気づいて、はっと思った。切り離していたはずの「こんな子と付き合いたい」と真帆のパーソナルが合致したのだ。

真帆は、ぼくと会うとき、女装じゃなかった。女性的に見えるけれど、男性でーすというポーズをしているような。中性的というよりは、中途半端。これが真帆なりの迷いだったということはあとからわかったのだけれど、最初はちょっとがっかりした。女装じゃないんだ? って聞いちゃったこともあったように思う。

ま、そこから紆余曲折あって、付き合うことになった。こうあっさり書くと、あっさりとした出来事であったように思えるけれど、実のところ気分の高揚は天に登るほどである。根が理系なので、情熱的な文章に昇華するのは得意ではない。その辺の話は真帆に聞いてくれと思う。

指輪あげた話とかもしない。単に恥ずかしいからだ。真帆が喜んでくれたのならばそれでもう充分なのだ。

昔は、ずっと望月くんと呼んでいた。なので再会してからもしばらくはそう呼んでいたのだが、付き合うことになったあと、真帆から、呼び名変えてと言われた。えっ、と思った。そうかそういうところを女性側は気にするのか。鈍いなぼくは。でも、真帆ちゃん? 真帆くん? 真帆さん? うーん、どれが正解なんだろう……。少し困って、じゃあぼくのことはなんて呼んでくれるのさと言ったら即座に、「幸人さん」って言われた。……ああ、なるほど、この少しくすぐったい感じか。仕事では当然苗字で呼ばれるし、あだ名が名前にまつわるものだった試しがない。親からは呼び捨てで呼ばれるがそんなのは当たり前であり意識したことなどなかった。パートナーに名前で呼ばれることの甘さを噛み締めた。よいものだ。

じゃあぼくも「真帆さん」と呼ぼうかって言ったら男が女を呼ぶときはもっと距離が近いのがいい! って、細かい注文を出された。呼ばれたい言い方があるということだな? それを探るのか。

「真帆ちゃん?」「えー、私達43歳だよー?」

「真帆くん?」「なんか古いアイドル雑誌みたいじゃんw」

ならばこれしかないか。少しためらいつつ、「……真帆」と、呼び捨てにした。

すると、真帆はちょっと照れながらぼくをしっかり見据えて「はい」と返事をした。

あー、もう、今の返事には絶対ハートマークついてたよな!? 可愛いなこんちくしょう。この可愛いのが俺の嫁だ。舞い上がらないわけがなかろう!

さり気なく「俺の嫁」とか言ったが、実際には結婚していないし、そもそもできるわけではない。養子縁組という手続きもあるけれど、まあ、ゆっくり考えよう。あんまり猶予ないけれど、まだしばらくはいいじゃないか。

ところで、真帆のことを人に紹介するときにはどうしよう? と本人に相談してみた。

「彼女」?「女房」?「妻」? 見事にどれにも「女」って文字が入ってるなあ、それでももちろん構わないのだけれど、せっかくだから違うのにしようか、と言ってみる。「家内」?「奥さん」? ってそういうのは結婚してると誤解されちゃうよーと真帆は照れる。

「パートナー」?「相方」? と言ったら真帆は、言った。「なんでもいいけど、一番甘いやつがいい。」

それを難題と言うのだ。未だに決めきれていない。マイスイートハニーとか紹介してやろうか。真顔で。そしたらぼくもダーリンと呼んでもらいたい。電撃くらいそうだけどな。

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