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トンネルを抜けると

images/20040808140

そこは、雪国?

高速道路より、峠道を走るほうが好き。ぐねぐねした道のカーブを数えながら、突如現れるトンネルを楽しみながら。
私は、果たしていくつのトンネルを越えてきたんだろう。短いものは、それこそ100メートルに満たないし、長いものは10キロを越える。
素掘りのトンネルもあったし、ぴかぴか開通したてのトンネルもあったし、高校時代は通学路にトンネルがあった。自転車で毎朝くぐり抜けたおよそ700メートルのトンネル。当時は有料だったんだよなあ。一度も自転車料金払ったことないけど。

トンネル工事技術者の方が書いた本ってあるのだろうか。単純に技術的な興味もあるけれど、トンネル堀りならではの「有り得ない話」というのが聞いてみたいな。
「高熱随道」は読んだよ。あれはどちらかといえば、技術的に「有り得な~い話」だけどさ。
こう、なんていうかな、山の神様との折り合いをつけながら掘っているとか、そんな話が読みたい。多分、地方出版なんかにあるんだろうな。

さて、川端康成の小説「雪国」。ちゃんと読んだこと、無い。
けれど、あの有名なフレーズ。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」。
これ「コッキョウ」なのか「クニザカイ」なのか、って昔から議論されていますね。私個人的には「クニザカイ」を推します。エチゴの国と、カミツケの国の境だからというのが理由なんだけど。
ベストセラー「声に出して読みたい日本語」は、初版では「コッキョウ」、現在の版では「クニザカイ」としているそうで。つまり、改めたと。
一方では、川端氏は、「コッキョウ」と読んでいるナレーションに対して何のコメントもしていなかった、という話もあり、実際のところは、謎に包まれたままです。
文字で書かれた小説なんだから、「どらちも正解である」という意見にも賛成。一度書いた文章は、どう読んでもらっても構わないものね。盛大な誤解は困っちゃいますが。

……トンネル話のついでに、リンクしちゃおう。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091095744190.html
筒石も土合も湯桧曽も美佐島も竜飛海底も吉岡海底もみんな好きだ。

トンネルって、なんだか楽しい。

あらびやん!

魔法のようにおいしい!? 千葉限定の「アラビヤン焼そば」

ええっ、知らなかった。てっきり全国にあるものだと。
近所のスーパーに売っています。しょっちゅう買います。すげえウマイです。
ちょっとお菓子っぽい。でも、ベビースターほど固くなく、ほどよいスナック感。
もし、欲しいという方おられましたら、買っておきますが(笑)

写真をかえてみた

……って、タイトルですべてをあらわしてしまった。

時々こうしてセルフポートレイトを撮影したりするんですが、カメラを片手に持って、ぴこぴこ撮りまくり、まあまあかなーってな出来の写真を切りぬいて使ったりします。
背景には、実は色々とごっちゃりした部屋の中などが写っていたりするんですが、さっくりトリミング。
顔をフォトショでいじったりはしていませんが、明るさの調節なんかはしたりします。ま、大概明るくすると、少し見栄えがよくなるんだよね。
だったら最初から、レフ板などを使ってちゃんとした写真を撮ればいいんだけれど、一人じゃちょっと無理。
や、昔はやっていましたよ。きらみゅに置いてあるようなふるい写真は、ちゃんと三脚立てて、アングル決めて、ポーズや表情も考えて。
楽しかったんだけれど、最近ご無沙汰です。写真撮影できるようなスペースが部屋にない、っつう話もありますが。
あとから、若いうちにもっと撮っておけばよかったーと後悔すんのは嫌なので、また久しぶりにやるかなあ。

福島で出会った

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既に日は落ちたけれど、スタンプラリー用のノートを眺めていたら、「みずさわ」の営業時間は、21時までとある。
余裕で間に合う! と喜び勇んで車を向けた。
しかし、ついてみればそこは、暗く、トイレの明かりだけがこうこうと点っていた。うそつき……。

取材も兼ねての旅とはいえ、資金が潤沢にあるわけではない。さらに明日24日は19時半までに帰らなければいけない理由がある。じゃあ、とばかりに回送も兼ねて、高速道路を利用、途中のパーキングで寝ることにしたのでした。

サイワイにして場所はすぐに決められて、準備万端。しかし、毛布を二枚積んでてよかった。寒かったよ。9月の東北。
そりゃそうか。

翌朝はまた早く目覚めて、寄り道。宮城県と福島県を結ぶ阿武隈急行の各駅の写真を撮影する。
福島市内から、道の駅「つちゆ」まで行こうと思ったけれど、どうも混雑しているようなので断念。「安達」と「川俣」にのみ立ち寄った。

日本伝統地名スタンプラリーというのがある。旧国名を市町村名に冠した全国36箇所を回るラリーで、期限はない。とはいえ、合併も頻繁に行われている中、いつまでも続くとは限らない。
では行けるうちに、ということで、岩代町役場を目指した。
しかし、その途中、「UFOの里」という文字が目に入った。おや、飯野町は、UFOの里として町おこしをしている様子だ。では、と調べてみれば「UFOふれあい館」なるものがあるらしい。
おお、コネタの予感♪ と小高い丘に車を登らせた。
すぐに見つけて、入館料350円也を支払い入ってみて、びっくり……。
……あとは、コネタをお楽しみにしていただこう。や、でも、これ、オオネタだよなあ(笑)
個人的には、時間が足りなかったことをかなり悔いました。もっとたっぷり時間をとって見たかった。

そこで出会ったのが、こいつね。もっとおっかない「宇宙人」もいたんだけど。

岩代町役場に寄って、すぐに二本松ICへ。高速道路を使って、一挙に柏まで帰ってきました。
途中あまりに眠かったので、サービスエリアで仮眠をとったのだけれど、自分でいびきかいてるのわかったよ。
ちょっと今回は強行すぎたかも。疲れたー。

そして、なんとか時間に間に合わせ、90分の仕事をこなし、家に帰ったのでした。

えっと。
ちょっと強行なだけで、私のめぐり旅なんて基本的にこんなよ?(笑)

岩手で出会った

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さて、そろそろ日も暮れてきた。宿泊の目的地を定めつつ、道の駅の営業時間も気にしなくてはいけない。
「さんない」に寄り、国道107号を北上に向けて走る。並走して秋田自動車道があるのだけれど、使わず。
時間の関係なのか、偶然なのか、この次の道の駅「錦秋湖」はいつ来ても、夜だ。
場所的にそうしためぐり合わせというのはあるものだよね。別のルートから、別の目的地を目指しているのに、途中立ち寄る場所は、いつも同じ時間になるという。さっきの「羽後四ツ屋」駅もそうだし。
しかし、この「錦秋湖」は、割合遅くまで営業をしていて助かる。

錦秋湖といえば、ダムの関係で出来上がった人工の湖。紅葉のシーズンはそれこそ燃え上がるような赤が、谷間に映え、それはそれは美しい。

というわけで、「錦秋湖」で私を見つめる少女のショットを。カメラ目線である。

秋田で出会った【3】

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「なかせん」でしばしの休憩の後、JRの駅に立ち寄ることにする。
以前よりここを通るたびに寄るのだけれど、一度も駅員氏と遭遇したことがない、「羽後四ツ屋」駅だ。
ここには、切符を発行する機械が入っておらず、あらかじめ印刷された小型の切符を販売している。それがお目当てなのだけれど。
国道から細い路地に入り込み、ナビの地図と記憶と勘を頼りに車を走らせると、あったあった。
しかし、目に飛び込んできたのは、駅ではなく、この写真の「超巨大な娘さん」。
スケールがわかりづらいかもしれないけれど、下のほうに、車が止まっております。ミニカーじゃありません。
……でけー。しばし見とれる私。
いかんいかん。切符を買おう。と、駅構内に入ってみると、無残にもしまったカーテン。営業時間の表記は「17時まで」と書いてある。時計を見れば、16時55分。

Σ( ̄□ ̄;

駅から去っていく、自転車の後姿は、もしや、駅員さんではありませんか。
ま、また逃してしまった。この巨大なおねーさんに気を取られている隙に。

や、でもま、気をとられるよね。でかいぞ。

秋田で出会った【2】

images/20040924_116

朝のさわやかな光を浴びつつ、各駅の写真を撮る。古びていたのは、薬師堂や子吉などの、本荘市内にある駅だけで、多くの駅は改築されたばかりで、とてもきれい。
この調子ならば全駅撮影も余裕だなと思ったら、罠が。矢島町内が工事で全面通行止め。迂回させられたのはいいけれど、行けども元のルートに戻れない。
このままでは、川辺駅にたどり着けない。複数のルートから入り込もうとしたのだけれど、いずれもNG。結局川辺駅だけはあきらめることに。
矢島駅を経由して、山越え。昨日の夜立ち寄った、道の駅「象潟」まで戻るのだ。なぜそんなやっかいなことをするかといえば、道の駅の記念きっぷを入手するためである。
基本的に本日は、off。道の駅をめぐりまくる計画だ。「象潟」を皮切りに「おおうち」「岩城」「てんのう」「しょうわ」「五城目」とよっていく。「五城目」には、以前「きらみゅ」で紹介した萌えキャラ「ユキちゃん」が健在。スタンプの図柄にまでなっておりました。
「ことおか」から山間部を抜けて「かみこあに」「あに」とルートは南下に転じ、「なかせん」に到着。
当日、携帯電話からモブログでエントリした「どんどんぱんぱん」は、ここからでした。
ドンパン節の故郷、ということなんだけれど、この子、踊っております。そうか、あれ踊りもあったのか。

ちなみに、この「中仙町」の町民会館は「ドンパル」という。

秋田で出会った【1】

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22日の朝9時過ぎに家を出て、高速道路を駆け抜ける。
気がつけば福島県。磐梯山が少し霧に煙っていた。
一件取材(というか、見たかったものを見て、行きたかった場所に行って)をこなし、道の駅「裏磐梯」へと進む。
目的地は秋田県。ならばいけるところまで行ってしまおう。
「喜多の郷」でスタンプを押していたら、事務室内にいた警官に「お、もうそろそろ、ロンかい?」といわれる。ロンってあーた。やー、まだまだですよー、と言っておく。
そこから大峠を経由して、山形県へ。道の駅「田沢」の手前で、検問。何かと思ったら交通安全運動。小ぶりながらしっかりしたリンゴを5つももらう。
米坂線沿いに日本海側へ。道の駅「笹川流れ」は既に営業終了。太陽も既に没してしまった。
あとはひたすらに北上。チェーン店のラーメンショップで晩御飯をとり、道の駅「にしめ」に併設の健康ランドへ。ここであった顛末については、「きらみゅ」に書いたとおり。
仮眠室でがーすか寝ていたのだけれど、午前4時半ごろから、目覚ましを鳴らした奴がいる。
しかも一回ならばまだしも、5分置きに鳴らしては止め、鳴らしては止め。ばかやろう。お前はそれでも起きないかもしれないが、こちとら目覚ましの音には敏感なんだよっ。
早く目が覚めてしまったので、仕方がない。予定より早く発ち、由利高原鉄道の各駅の写真を撮りに行く。
で、出会ったのが、「おばこ」さん。秋田地方の方言で、若い女性を指すらしい。可愛いけど、鉄道車両の愛称にするのは、どうなのか。

【モブログ】どんどんぱんぱん

どんぱんぱん♪

どこにいるんだ私xj0sh0083.jpg

【モブログ】うーい

ひっく♪
ウマxixsh0078.jpg

ユンファ…

セックスフレンド希望のユンファといいます。まだ間に合いますか??あっ、ユンファっていっても、日本と韓国のハーフなんで、日本語ぜんぜんOKです(^-^)
簡単に自己紹介しますねっ!
名前は伊藤ユンファ、22歳、セックスフレンドは今まで4人いました。
夜はえろえろで、ふぇらとか自分からも上に乗りたがりだけど、これでも普段はいたって普通なんですよっ(^o^)仕事は歯科助手をしています。
3サイズは上から88/62/86のEカップです。
ホテルと家だったらどっち派ですか?私はできればホテルかな。一度試してみて相性良かったら、家で自慢の韓国料理料理ご馳走しちゃいます☆
あなたが一番会いやすい場所教えてください♪♪
あっ、写真見てみますか???

……。
平田っぽいぞ、文体がっ。

女装でトイレおじさん続報

放生会で女装バレバレのぞき男逮捕

15日のエントリで書いた、女装でのぞき(と、疑われた)おじさんの続報が、地元九州のスポーツ新聞サイトに。
どこまで信用していいのかは、見てないからわからないと言うしか無いんだけれど。
もし、本当にそうだったとしても、扱いがひどすぎないか。警察署員が市民に対して「化け物」?

とはいえ、このおじさんもね、
「気が弱くて女性と会話できなかった。女性に近づくため、女装してトイレに入った。」
って、本当に言ったのだとしたら、私も _| ̄|○ っとなりますがな。

トラックバックしてくださった、ayanoさんも仰っておりますが、
別の目的の手段として女装を使われてしまうと、こうした問題が発生したときに女装全部が悪者扱いされてしまいがちになるよね。
それは、困る、と、個人的な立場からも、オネガイ。

トランス系時事ネタ(2004/09/15)

女装大男女子トイレ侵入、ピンクのブラ、かつら…

ご本人は、「のぞいてない」と言っています。身長は大きかったようですが、「ちゃんと」女装をされていたようですし、ちょっと切ない気持ちになります。
背が高いので、のぞいているように思われちゃったのかなあと。
覗く人の心理はイマイチよくわからないのだけれど、女子トイレって基本的に個室だから、ただ入るだけでは何らイイコトなんて無いだろうし。
正直「女性には見えなかった」なんていわれちゃう「女装」で、覗きに入るなんて、リスク高すぎ。普通に考えれば、覗きが目的じゃないだろうと思えるんだけど。

どうも、こういう「女装」がらみのニュースは、おもしろおかしく取り上げられがち。

さらには、

TBS昼の番組で、性同一性障害を笑う内容を放送

呆れ果ててしまって、あまりコメントしたくなかったのだけれど。
奈々子ちゃんの「Feel Pink, Find Seven」にトラックバック&LINK
「母親と息子が性同一性障害だと父親を騙すドッキリ」って、異常すぎるだろう。なんぼなんでも。

最初、女装少年がテレビにという掲示板のコメントを見て、「おお♪」と思って探してみたら、これだったわけで。
そんな内容で、だったら、願い下げ。本気で _| ̄|○ となったよ。

で、詳しく調べてみたら司会者の長嶋一茂もこの内容には疑問を呈していたそうで。
いいよね、一茂。司会者の立場で、それを言うのは本当は難しいだろうに。
健康ランドの休憩室で一茂主演の「ミスタールーキー」という映画を見て、あれ、ちょっといいじゃん、と思っていたのだけれど、改めて見直したぞ。

携帯コレクション

モバイルフィギュアコレクション

ついに、というか、ようやく、というか、やっぱり、というか。
携帯電話を40% に縮小した「ケイタイフィギュア」が出るそうな。
今まで無かったのは権利関係だったのかな。まずは、Docomoの機種5種類がラインナップのようで。
シークレットはなにかな。携帯電話の祖、ショルダーホンだったりするとうれしいのだが、大きさが違いすぎるよね。

抹茶とカルピスの

1.5リットルペットボトルを、近所のジャスコで発見してしまいました。

……誰か。ほら、ほら。
ネタ師を自認する人々なら、誰に頼まれたわけでもないのに、好きでもないのに、前回で懲りたはずなのに、買ってしまいそうになるでしょ?
ほうらほうら。

私は買いませんっ。懲りたんです。マジで。

ざっかんぶろぐ

■パチンコ店などが夜空に向かって照射している、サーチライトのようなものが大嫌い。
規制する法律って無いのがほとんどで、後追いで条例などを定めているみたいなんですが。
んなこと、法律で言われなくてもわかんだろ? 夜空はお前のモノだけじゃないんだよ。
光害って呼ぶんだそうで。やっぱりな、みんな不愉快に思っていたんだね。

■突然方言でしゃべったりすると
「鳩が豆鉄砲を食らった顔」とか、「目を白黒させる様子」が観察できます。

■おごられ上手になりたい
「社長」と呼ばれる人々とのお付き合いが割と多い。もっとも、従業員の数は10人とか小規模ではあるのだけれど。
それでも当然社長は社長。一緒に食事に行ったりすると、食事代を出していただいたりすることがある。
けどなんかね、こう気持ちよくおごってもらうのが難しいような気がして。
基本的に自分の食べるものは、自分が出す、という感覚だから、いいのかな、とか、強く感じてしまうのだな。
で、「ごちそうさまでした」と言うタイミングを逸してしまったりして。
難儀だな私。

■どこから調べたのかなあ
女性ホルモンを投与している人のためのサプリ、に関するメールが来た。サイトを調べてターゲットを絞って送ってきたのだろうね。そのメールそのものについては、別に不愉快でもなんでもない。たまたま私は該当してないけど。
ただ、もうひとつのサイト経由でもきたし、あんまりトランスを公にしていないサイトの管理人さんにも来たんだそうで。
どういう基準なのだろうなあと。だんだんこういう、「ターゲットを絞り込んだ」メールが増えるだろうね。
スパイウェアで情報を収集するのだけは、ご勘弁を。

■「甘くないソーダ」
と検索しても大して引っかからない。好きな人は実は多いのでは、と踏んでいたのが外れた格好。
うーん、私は大好きなのですが。ペリエとか。カナダドライのクラブソーダとか。
こないだ、シュエップスのトニックウォーターを間違えて買ってしまった。甘いよ甘いよ。美味しくないよ(涙)
しかし、無糖ソーダ好きの話をしたら、「胃が悪いんじゃないの?」と言われてしまった。
そ、そうなんですか?

コンビ?

お笑いコンビを逮捕 強制わいせつの疑い

実のところ、このニュース自体に興味は無い。被害者は本当に気の毒だと思うけれど。
そして、その犯人が芸能人であることも、実はどうでもいい。どんな職業についていようが、悪いやつは、いるさ。
私が気になって気になって仕方がないのは、表題の
「お笑いコンビを逮捕」
なのですよ。
コンビったら、二人だろう。
二人ともわいせつ容疑なのか! それはひどい! と思って見たら、あれれれ。

新聞がこれじゃなあ……。

【モブログ】美紀。美樹。美貴。

ららぽーとの沖縄食品ショップで買いました。
名前は謎だけど、お米ベースで葛湯みたいで美味しい。xi1sh0040.jpg

真夜中に思い出す

種村季弘氏逝去

私にとって、種村氏は、女装の剣士デオン・ド・ボーモンを教えてくれた人であり、博物学的なヨロコビを伝えてくれた人でもあり、河出書房からの文藝作品へと導いてくれた人でもあります。
好奇心ばかりが旺盛で、周辺の知識が追いついて無いのに、澁澤だの稲垣だの、河出文庫や中公文庫の周辺をあさりまくっていた頃、種村氏を知りました。
今でも古本屋などで当時の河出文庫の背表紙を見ると、どきどきします。デザインもよかったよね。
それから私にとって河出は信頼のブランドになり、デザインも新たに登場した文藝作品群を読み漁るようになったんですね。松浦理恵子とか、さ。

子供の頃、自分が大好きな作品の作者がもし亡くなったら、どれだけ悲しくなるだろうと想像したことがありました。
それにはとてつもなく大きな想像力が必要で、なかなか実感もできず、またそうした悲しみが癒えていくプロセスも知らなかったのです。
藤子・F・不二雄が亡くなり、鷺沢萠が亡くなり、宮脇俊三氏が居なくなった。それでも私は平然と暮らしているし、そりゃあそうだろうとつぶやいたりもしている。それがリアルってものなのだけれど、ね。

こうしてまたひとり、自分にとっての先生が居なくなってしまった。くまなく読んでいたわけでも、常に気にしていたわけでもないのだけれど、やはり、寂しい。

この記事は、久村奈々子さんのBlogで知りました。面識は無いのですが、ちょっとどきどきしながらトラックバックしてみよう。ネット上では、なんとなく近いところにいるような気がしていて、わー、可愛いなあとかねがね……(照)

さらしてやる

平田以前も、以後も、声高に「私を見て、私に気づいて」と言いまくる、うるさいスパムが絶えない。
ウチにだけ届いてるわけでもなく、あちこちのブログでもスパムネタは取り上げているだろうから、もうよほどなことが無い限りやめようと思っていた。
先日も、
【必ずお読み下さい】~あなたの素行調査の結果です
などというサブジェクトで、長文の「私が浮気をしている証拠を掴んだ。それをばら撒かれたくなかったら金を用意しろ」という鼻で笑うしかないようなメールも届いた。さらしてやろうかとも思ったけれど、増長させる可能性もあったのでやめた。

でも、私宛に送ってきやがった、このメールのサブジェクトだけは、さらしてやる。

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……喧嘩を売られたと判断します。むかつくむかつく。

鉄道廃線跡を走る

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自サイト「お気楽ステーション」の廃線・廃駅のページの巻頭言としてこんなことを書いた。

昭和62年の夏。富山に転校していった友人を訪ねて、一人で電車に乗り込んだ。そのとき私は中学生だった。

富山駅で無事に落ち合い、市電に乗り込んだ。当時彼の家は、終点の大学前駅から徒歩で数分の場所にあった。
途中、「新富山駅前」という奇妙な名前の電停があった。「駅前?」とたずねると、彼はああ、前にここに電車が走っていたんだって、とこともなげに答えた。
見ると電停の目の前に朽ち果てて崩れそうになっている「駅だった建物」があった。
それを見た瞬間、私の気持ちは昂ぶった。なんだろう、いったいこの気持ちはなんだろう?

強烈に印象付けられたその「廃墟」は、それからの廃線行脚の始まりだった。
身近な廃線を調べ上げ、少しずつたどるようになった。
当時廃線に関する書籍は皆無に等しく、こんなことをやっているのは自分だけだろうとさえ思っていた。

……今気づいてしまったけれど、昭和62年は間違いで、昭和60年が正しい。あとで訂正しておきます。

その「新富山駅跡」の写真は、
http://www.sampoya.com/station/haisen/HS14.jpg
http://www.sampoya.com/station/haisen/HS13.jpg

8月の24日。朝から富山港線やら神岡鉄道やらを乗り歩き、夕方近づいた帰宅直前、これを見つけたのだ。
若い中学生とは言え、さすがに疲れていて、興奮しつつ廃線跡を歩き始めたものの、1キロも行かない間に断念、引き返し、家に帰ってしまった。
その後高校に進み、同じような趣味を持つ人(=K野くん)をかぎ分けて探し出した。
そういう趣味でつながっていたからこそ、卒業してからも情報交換など音信が絶えることなく、大学生になった平成4年。二人で富山までやってきた。
あれから7年も経過してしまっている。もう何も残っていないだろうと思っていた。
新富山駅跡は更地になってしまい、建物はなくなっていたものの、明らかに異質の空間として残されていた。
歩き始めてしばらくの後、次の駅だった「富山北口駅跡」にたどり着いた。舗装された線路跡に沿って、崩れかけたプラットホームが残されていた。
しかし残念ながら時刻は既に夕刻。これだけを目標にしていたわけではなかったため、やむなくそうなってしまったのだ。
薄暮の風景に溶け込む駅跡は美しかったけれど、写真にはキレイに残せなかった。
次の八ヶ山駅跡まで頑張って歩いた。正直、単調な道が続き、私は飽きてしまっていたのだけれど、ようやく辿りついた、掘割の中にひっそりと残る駅跡は、ほぼ現役当時をとどめていて、なかなかに私を興奮させてくれた。もっとも、同じ道を歩いて戻ることを考えるとかなり憂鬱にもなったのだけれど。
さらに先までも見たかった。しかし、時間が体力がそれを阻んでしまったのだ。
K野くんは、いつか行こういつか行こうと思い続けていたのだそうだ。私はといえば、廃線への情熱が薄れてしまった時期もあり、時々思い出す程度だったのだけれど。

そして、平成16年。私とK野くんは、いつの間にか、新富山駅跡に立っていた。
今度は車で。前回ここを歩いてから、12年。私が最初に来てから、実に19年の時を経て。
探索は容易だった。地図で目星を付けて、路地に入り込む。車を置きやすい場所を探し、少し歩いて駅跡を確認する。ああ、こういうことがやりたかったんだよな。12年前、そして19年前の私は。

新富山駅跡は、異質ではあるけれど、完全な更地となってしまった。
富山北口駅跡は、付近の道路が付け替えられたために、痕跡を見つけることはできなかった。
八ヶ山駅跡は、幸いなことに、すべて12年前のままだった。

その先は初めての道のりだ。鯰鉱泉前駅跡には崩れかけたプラットホームが残り、四方駅跡は公園になっていた。
海老江駅跡にはホームが残り、ペンキで描かれた停止目標までそのままだった。
終点の新湊東口駅跡まで来た。線路跡は明らかにわかったけれど、駅舎跡は不明。もっとも、この路線の廃止自体は、昭和55年だ。24年間あれば、どんな変化があったとしても驚かない。

こうして、富山地方鉄道射水線の探索を終えた。まさに、終えたという気持ちになれた。
それでもさ。
さあ、じゃ、次はどこに行こうかなって思えるあたりが、旅の面白さなんだろうなあ。
19年前の補完もいいけど、まったくの未知の世界も、きっと楽しいだろうな。

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