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たとえば、「切手」

今、私の手元に「さくら日本切手カタログ 2005」という本がある。
その書名の通り、日本で発行された(一部占領地を含む)すべての切手がここに収録されており、平均的な価格まで書かれている。
そりゃあ、中には、十数万円するような切手もあるけれど、私が生まれた年くらいにさかのぼっても、一枚の評価が50円とかざらで、お小遣いでも始められる手軽な趣味と言えるだろう。
だからこそ、切手収集は一時期ブームとなり、猫も杓子も、私も友達も始めたわけで。
あの頃同時期に切手を集めていた友達のウチ、何人が今でも同じように収集しているか、と問えば、多分一人もいないだろうけれど。

で。
実はこのカタログをもとにして、日本で発行された切手を一枚ずつ収集することはそんなに難しいことじゃない。お金と時間はそれなりにかかるけれど、とんでもない値段がついた不発行切手とか、軍事用とかそんなものに手を出さなければ、まあまあ楽しめるだろうな、と思う。

先日、ていぱーくに出かけたとき、実は偶然だったのだけれど、「全日本切手展」なるものが開催されていた。自分の切手収集の成果を発表するコンベンションのようなものだ。
カタログ通りにただ集めるだけならば、こんな「研究発表」の場などいらないはず。
なのに、いったいここには何が展示されているのか。
奥の深さは、ここにある。
たとえば、一枚の切手が、どこで、いつ、どんな風に使われたのか。
たとえば、一枚の切手にまつわる、様々なデータをそろえ、切手だけではなくマッチラベルやら、切符やらをかき集めたり。
たとえば、一枚の切手を細かく、それこそ顕微鏡で覗くようにして見れば、差異が見つかる。それをまとめ上げる。
手法はさまざまだけれど、できあがった「作品」には、それを作った人の思いが染み込み、実に興味深い。

ところで、切手と消印とのつながりは、強く、複雑だ。
通常我々が手紙を受け取ったときに押されている消印にも、数多くの種類がある。
それが手で押されているのか、機械で押されているのか。午前中に押されたのか、午後に押されたのか。もちろん、どの局で押されたのか。そしてその局で使用している消印は、インク浸透式なのか、そうでないのか。
加えて、風景印と呼ばれる絵柄の入ったもの。小型印という記念行事などにあわせて使用されるもの。特印という記念切手の発売などにあわせて使用されるもの。
欧文印に、ローラー印に、為替印。
きりがない。

そしてさらに、「切手」は、日本だけのものではないのだ。
……まさかそのすべてを手にしてやろうなどというたくらみをこれから持つ人はいないだろう。いたとしても、知れば知るほど、身の程も知る。
ディテールにこだわるのか、グローバルにやっていくのか。
気楽にやるのか、何かを投げ打ってでもやるのか。
ひと、それぞれ。コレクションに限らずだけど、みんな、そう。
だから、タイプわけやら、ジャンルわけは実はそんなに意味がない。あくまで分類であって、コレクタの所属を決めるものでは、ない。

私?
私は、切手そのものよりも消印が好き。風景印はとりあえずあれば集めるし、小型印もできる限り欲しい。
今のところ、特印には手を出していなかったけれど、最近気になりだしている。
和文印だって面白い。日本国内全部って言ったら二万五千局。てへへ、それはムリ。
だけど、自分の両手が広がる範囲で。

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「コレクション」カテゴリの記事

Comments

自分も、切手そのものはほとんどコレクションと呼べるものはなく、風景印は、あまり数が多くない地域であればちょこちょこと集まっているという感じです。いろいろなものごとについて「使ってなんぼ」という感覚を持っているのもそうなっている理由なのかなぁ…。基本的に「実用品」だからなぁと思います。

以前にくらべるとかなり少なくなりましたが、手紙を書くのが好きです。風景印は案外知られていないものなので、単純に「おもしろい」と思ってもらえるのがいいなと思います。そんな、ちょっとした「添え物」。レターセットを選ぶのとちょっと似ているでしょうか。

コレクションからはずいぶんと話がそれてしまいましたが、自分の感覚はこんなところですね(そういえば、以前、手紙ネタで小さな小さなコピー本をつくったなぁ)。

「使ってなんぼ」

to iu nowa totemo yoi kankaku dato omoimasu.

Kazukichi ni shiteki sareta you ni, jibun niwa
mono eno shuuchaku, to iu ka, nanika wo
nokoshi tai to iu, collector to shite no
shuusei ga aru.

Nokoshi tai to iu imi dewa, shashin wo toru
koto mo onaji kamo da.

Keredo, mono wo mote ba motsu hodo, sore wo
iji suru tame ni, ikiru noga omotaku natte
iku nomo jijitsu.

Mino mawari no mono dake motte
sekai (kaigai to iu imi dake ja naku) wo mite
mawaru.

Sono migaru sa, kaihou kan, soshite, atarashii
mono ga don don jibun no naka e sui komarete iku
kankaku.

Sou iu yuuboku min teki na karoyaka na iki kata mo jibun wa aishite ru.

Deatta mono ni fure, sono toki sono toki no kandou wo taisetsu ni suru.

Dougu mo tsukau dake.

Konna mujun shina youso ga semegi atte,
jibun no naka de, warito yoku kenka suru noda.

Kazukichi mitai ni, hara wo sue te collector
nimo nari kire nai shi, kato itte, nani mo kamo
sute te iki rareru ka to toware reba, sore mo
kibishii.

Nandaka naa...

Sore wa sou to, honjitsu 22 April,
Stockholm kara coin sets wo fukume iro iro
Kazukichi ate hassou shima shita.

Tabun, Estonian Krooni 1992, to 1999,
Swedish Krone 1984, to 2004 datta to omou.
(Swedish Krone 1984 no kawari ni
Finnish Markka 1987 kamo)

...tte, sou iu ochi kayo!! (niga warai

使ってなんぼ、は、理解できるんだけれど、実情私がそうしているか、といえば、そうではないことが多いですね。

Azmiちゃんが言っている、矛盾については、誰もが抱えていることだ、と思います。それは、モノを抱えることと、身軽であること、のような問題とは限らないけれど、ね。
モノを残したいという気持ちについても、おそらくDNAのレベルで人間誰しもが持っているのかもしれない、と思ったりすることがあるけれど、どーなんだろうね。

荷物了解。また中身見させてもらいます。へっへっへ。いいだろう(誰に言っている)

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